世界のジェンダー・保守事情

欧州右派ポピュリズムの台頭とジェンダー平等への影響考察

Tags: 欧州, 右派ポピュリズム, ジェンダー平等, 保守主義, 政治学

欧州右派ポピュリズムとジェンダー平等の複雑な関係性

近年、欧州各国で右派ポピュリズム政党が政治的な影響力を増しています。これらの政党は、しばしば伝統的な価値観の擁護や国家主権の強化を訴え、移民問題やグローバリゼーションへの反発を背景に支持を集めています。一方で、ジェンダー平等は欧州連合(EU)の基本原則の一つであり、加盟各国においてもその推進が図られてきました。本稿では、この右派ポピュリズムの台頭が、欧州におけるジェンダー平等政策および社会規範にどのような影響を与えているのかを、具体的な事例を交えながら考察します。

右派ポピュリズムのジェンダー観と保守的価値観

欧州の右派ポピュリズム政党は、一般的に伝統的な家族構造、すなわち異性間の婚姻に基づく家庭を社会の基盤と見なし、性役割の固定化を志向する傾向にあります。彼らは、フェミニズム運動やジェンダー主流化(Gender Mainstreaming)を「ジェンダーイデオロギー」として批判し、これを国家や文化の伝統を脅かすものと捉えることが多いです。この批判は、しばしば国家主義的あるいは文化保守主義的な言説と結びつき、「西洋文明」や「国民文化」を守るための手段として、特定のジェンダー規範の維持を主張します。

このような視点は、女性の社会進出やLGBTQ+の権利拡大に対して懐疑的、あるいは否定的な姿勢を取ることに繋がります。例えば、女性の役割を主に家庭内の育児や介護に位置づけ、出生率低下を国家の危機と捉えて、女性がより多く子どもを産むことを奨励する政策を打ち出すことがあります。これは、個人の自己実現や多様な生き方の選択肢を尊重するジェンダー平等の理念とは対立するものです。

具体的な事例に見る政策動向と影響

欧州各国の事例から、右派ポピュリズム政党がジェンダー平等に与える影響の具体像を読み解くことができます。

ポーランド:妊娠中絶規制の強化と家族政策

ポーランドの「法と正義(PiS)」党は、カトリック教会の影響が強いポーランド社会において、保守的な家族価値観を強く推進してきました。特に顕著なのが、妊娠中絶規制の強化です。2020年には、胎児の重度の障害を理由とする中絶を違憲とする憲法裁判所の判決が出され、実質的に中絶がほぼ全面的に禁止される状況に至りました。これは、女性の性と生殖に関する健康と権利(SRHR)を著しく制限するものであり、国際的な人権団体やEU機関からの強い批判を浴びました。PiSはまた、伝統的な家族モデルを奨励する手厚い児童手当などの家族政策を進めており、これは女性の家庭内役割を強調する政策と解釈できます。

ハンガリー:家族保護とLGBTQ+コミュニティへの規制

ハンガリーのフィデス党を率いるオルバン・ヴィクトル首相も、国家のアイデンティティとキリスト教的価値観の擁護を掲げ、強力な保守主義的政策を推進しています。同国では、「家族保護行動計画」が導入され、出生率向上を目指して既婚女性への優遇措置が実施されています。同時に、LGBTQ+コミュニティに対する規制も強化されており、2021年には「児童保護法」と称して、未成年者への同性愛や性転換の「助長」を禁じる法律が成立しました。これは、性自認や性的指向に関する教育や情報提供を制限し、LGBTQ+の権利を侵害するものであると国際的に非難されています。

ドイツ:AfDとジェンダー主流化批判

ドイツの「ドイツのための選択肢(AfD)」は、ジェンダー主流化政策や移民の流入に批判的な姿勢を明確にしています。彼らは、ジェンダーに配慮した言語表現や教育内容を「イデオロギー的」と攻撃し、家族の多様性よりも伝統的な異性カップルとその子どもからなる家族モデルを強調します。AfDは、公教育におけるジェンダー教育の縮小や、性自認に関する法改正への反対を主張するなど、既存のジェンダー平等推進の動きに抵抗しています。

ジェンダー平等への複合的な影響

これらの事例が示すように、右派ポピュリズムの台頭は欧州におけるジェンダー平等に複合的な影響を与えています。

対抗勢力と社会の反応

しかし、これらの動きに対して、欧州の市民社会やリベラル政党、そしてEU機関は沈黙しているわけではありません。各地で大規模なデモや抗議活動が行われ、女性団体、LGBTQ+団体、人権団体などが連携して、ジェンダー平等の権利擁護を訴えています。EUは、ポーランドやハンガリーに対して法の支配や基本的人権の尊重を求める圧力をかけ、資金供与の停止を検討するなど、具体的な対抗措置を講じています。これらの動きは、欧州社会における価値観の二極化を浮き彫りにしています。

結論:比較社会学的な考察と展望

欧州における右派ポピュリズムの台頭は、ジェンダー平等推進の道のりにおいて、新たな挑戦をもたらしています。彼らのジェンダー観は、単なる既存のジェンダー平等政策への対抗というだけでなく、国民のアイデンティティや国家の未来像と深く結びついています。各国における右派ポピュリズムの出現形態や支持基盤の差異は、ジェンダー平等に対する彼らのアプローチにも微妙な違いを生み出しています。例えば、ポーランドでは宗教的保守主義が強く、ハンガリーではナショナリズムと家族主義が前面に出るなど、その重点は異なります。

しかし、共通して見られるのは、グローバリゼーションや多様化が進む社会への不安を背景に、伝統的な規範や秩序への回帰を求める動きです。これは、ジェンダー平等が単なる権利の問題だけでなく、社会全体の価値観、ひいては国家のあり方を問うものであることを示唆しています。

今後の欧州におけるジェンダー平等の行方は、右派ポピュリズムの政治的影響力の変動、市民社会の抵抗、そしてEUという超国家的な枠組みの役割によって、複雑に形成されていくでしょう。比較社会学的な視点から、これらの相互作用を継続的に分析し、多様な社会におけるジェンダーと保守主義の共存あるいは対立の様相を理解することが、極めて重要であると考えられます。